スタートアップや中小企業の経営者が契約締結前に弁護士へ相談すべき理由について、詳しく解説します。また、多くの経営者が弁護士への事前相談を避ける心理的な側面についても掘り下げます。契約書のリーガルチェックを怠ったことで後に大きなトラブルに発展し、企業経営に深刻な悪影響を及ぼすケースは珍しくありません。本記事では、契約書を弁護士に事前確認してもらうことの重要性を説得的に伝えるとともに、なぜ経営者が弁護士相談をためらうのか、その理由と対策を考察します。
弁護士による事前チェックで防げる契約トラブル
契約書は本来、会社を法的リスクから守るためのものですが、内容によっては「トラブルの火薬庫」となり得ます。実際、弁護士が契約書を確認すると矛盾する条項や曖昧な条項、極端に不利な条項が含まれていることがあり、これらが後々の紛争の火種になることがあります。典型的な例として、以下のような問題があります。
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自社に不利な条項の見落とし: 例えば、損害賠償額の上限が相手方に有利に設定されていたり、過度な競業避止義務(競業禁止条項)が課されていたり、納入する成果物の品質保証がまったく無い契約などです 。こうした条項は契約トラブル発生後にようやく気付くケースも多く、時すでに遅しとなってしまいます。
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重要な条項の欠落: 契約期間、支払条件、解除条件、損害賠償、秘密保持、管轄裁判所の合意といった基本条項が欠けている契約書も問題です。必要な内容が記載されていない不備のある契約書では、解釈の食い違いから紛争に発展するリスクが高まります。
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法的に無効・不適切な内容: インターネット上の契約書ひな型には法的に問題のある記載が含まれるものもあり、そのまま使用すると取引実態に合わず契約自体が無効になるリスクさえあります。例えば改正法に対応していない条項や消費者契約法など強行法規に反する条項は無効となります。
これらのトラブルを未然に防ぐには、契約締結前に弁護士によるリーガルチェック(契約書の法的確認)を受けることが極めて有効です。弁護士は契約書の専門家として、関係法令や過去の判例まで踏まえて契約内容をチェックし、法的な抜け穴がないかを点検してくれます 。例えば、契約書が自社の意図した内容になっているか(曖昧な表現や誤解を招く表現がないか)を確認し、必要に応じて将来の紛争防止に有効な条項(解除条件や紛争解決方法など)を盛り込むアドバイスも可能です。弁護士は紛争解決の現場を数多く経験しているため、どのようなポイントが紛争に発展し得るかを見抜き、事前に適切な条項を入れることができます。
さらに弁護士は、行政書士や司法書士とは異なり紛争の始まりから終わりまで関与できる唯一の法律専門家であり、何が紛争になり得るか、紛争回避のためどんな契約条項にすべきか、万一紛争になってしまった場合に損害を最小限に抑える契約条項は何か、といった視点で総合的に契約書をチェックできます 。このような専門的チェックを経ることで、契約締結前に**「地雷」となりうるリスク要因を排除**し、後日のトラブルを防止できるのです。
契約トラブルが企業経営に与える影響
契約に起因するトラブルは企業経営に甚大な影響を与えます。中小企業の場合、一つの法的リスクが顕在化すると事業全体に波及し、最悪の場合は企業存続に関わる大問題に発展することもあります。例えば、ある取引先との契約上の問題が表面化すると、他の取引先との契約にも同様のリスクが潜んでいて次々に問題化する、といった連鎖も起こり得ます。契約トラブルが発生すれば、本来その契約から得られるはずだったビジネス上の利益が失われるだけでなく、問題解決のために経営者の時間や法務対応コストが取られ、企業活動全般に支障が出ます。実際にトラブルが訴訟にまで発展すれば、弁護士費用や裁判費用もかかり、経営への打撃は計り知れません。
契約トラブルの頻度や被害額に関する調査結果も報告されています。Sansan株式会社の「企業の契約実態調査」(2024年)によれば、ビジネス現場の約6割が契約違反を経験または見聞きしたことがあり、違反1件あたりの平均損失額は511万円にも上ることが明らかになりました (Sansan、「企業の契約実態調査」を実施~ 約6割が契約違反を経験・見聞きし、損失額は平均511万円。違反の要因は「社内での情報共有不足」~ | Sansan株式会社)。違反内容で最も多いのは「納期遅延」で、原因として「社内で契約情報が共有されていない」「契約内容を理解していなかった」といった契約内容の確認不足が挙げられています (Sansan、「企業の契約実態調査」を実施~ 約6割が契約違反を経験・見聞きし、損失額は平均511万円。違反の要因は「社内での情報共有不足」~ | Sansan株式会社)。このように契約違反や不履行により数百万円単位の損害が発生するケースは少なくなく、特に資金力の限られた中小企業にとって致命傷となりかねません。
また、GVA TECH株式会社の調査(2018年)では、ベンチャー・中小企業社員の約4割がシステム開発プロジェクトで契約トラブルを経験しており、その原因上位は「納期の遅れ」「成果物の質」「責任の所在」だったと報告されています (〖中小・ベンチャー企業の契約トラブル実態調査〗約4割がシステム開発時にトラブルを経験。3人に1人が契約内容を理解しておらず、契約締結に1ヵ月以上かかっている企業が4割弱という実態が明らかに。 | GVA TECH株式会社のプレスリリース)。注目すべきは、3人に1人が自分の関わるプロジェクトの契約内容を十分に理解していないと回答しており、多くの企業で専門家による契約書確認が行われていない実態が浮き彫りになった点です (〖中小・ベンチャー企業の契約トラブル実態調査〗約4割がシステム開発時にトラブルを経験。3人に1人が契約内容を理解しておらず、契約締結に1ヵ月以上かかっている企業が4割弱という実態が明らかに。 | GVA TECH株式会社のプレスリリース)。この結果からも、契約内容の十分な確認や理解がなされないまま進めた取引ではトラブル発生率が高くなることがわかります。契約トラブルは一度起きてしまうと、金銭的損失だけでなく取引先との信頼関係の悪化や事業計画の遅延・中断など、経営に多面的な悪影響を及ぼします。したがって**「予防法務」**の観点から、契約段階でのリスクチェックがいかに重要かがお分かりいただけるでしょう。
経営者が弁護士への相談をためらう心理
このように契約前の法的チェックは重要にも関わらず、多くの経営者が弁護士への事前相談を敬遠しがちなのはなぜでしょうか。その心理的な背景として、以下のような要因が考えられます。
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費用への懸念(コスト不安): 「弁護士に相談したら高額な費用を請求されるのではないか」「顧問料がいくらかかるかわからず不安」といった声はよく聞かれます。実際、日弁連の調査によれば全国の企業のうち顧問弁護士を契約しているのは約15%程度に過ぎず、残り85%近くの企業では**「弁護士費用が不明瞭で相談しづらい」ことが大きなハードルになっていると報告されています (〖企業法務〗経営者が弁護士に求めるサービスとは? | 法律事務所経営.com|船井総合研究所)。また「弁護士に依頼しても訴訟以外に何をしてくれるのかわからない」という声もあり (〖企業法務〗経営者が弁護士に求めるサービスとは? | 法律事務所経営.com|船井総合研究所)、費用対効果が見えにくいことが相談をためらう一因です。もっとも、これは弁護士費用に関する情報不足や誤解**による面も大きく、実際には中小企業向けの顧問料相場は月額3~5万円程度で、スポットの契約書チェックであれば数万円~十数万円程度が一般的です。費用面の不安は、事前に見積もりを取ったり無料相談を活用したりすることでかなり解消できるでしょう。
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時間・手間への懸念(迅速性の阻害): ビジネスはスピードが命。契約書をいちいち弁護士に見せていたら契約の締結が遅れて機会損失になるのでは、という懸念もあります。確かに、契約書を作成・確認する間はその場ですぐ取引開始とはいかず「もどかしい」かもしれません 。しかし、だからといって確認を怠れば、後日トラブルになって交渉や訴訟対応に 何ヶ月・何年もの時間 を費やす羽目になる可能性があります。前述のGVA TECHの調査でも、4割弱の企業が契約締結までに1ヶ月以上かかると回答しています (〖中小・ベンチャー企業の契約トラブル実態調査〗約4割がシステム開発時にトラブルを経験。3人に1人が契約内容を理解しておらず、契約締結に1ヵ月以上かかっている企業が4割弱という実態が明らかに。 | GVA TECH株式会社のプレスリリース)が、これは契約内容の調整や交渉に時間を要しているためです。弁護士にリーガルチェックを依頼した場合でも、多くは数日~1週間程度でレビューが完了しますし、契約交渉自体の迅速化にも有益なアドバイスが得られます。「契約書のやりとりが面倒」「スピード感が損なわれる」というデメリットは、後日の紛争リスクと比べれば取るに足らないものです。むしろ、ひな型の活用や契約プロセスの標準化によって契約実務を効率化しつつ重要ポイントだけ弁護士チェックを受けることで、スピードと安全性を両立することも可能です。
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過信・楽観(リスク軽視): 経営者の中には「この取引先とは信頼関係があるから大丈夫」「自分は経験豊富だから契約書の内容も把握している」と考え、リスクを過小評価してしまうケースもあります。人間関係が良好なうちは問題が起きないかもしれませんが、信頼関係が永遠に続く保証はありません。実際に、「ある日突然、得意先から支払いが滞った」「納品された製品に欠陥があった」など、どんな企業間取引でも想定外のトラブルが起こり得るのです。契約書は「もし約束通り履行されなかった場合どうするか」を定める保険のような役割もあります。しかし楽観的な経営者ほど、契約締結時に最悪の事態を想定せず口頭の約束だけで進めてしまいがちです。その結果、後から契約書を見返したら自社に一方的に不利な内容になっていたことに気付き愕然とする、といった相談が弁護士の下に持ち込まれることになります。過信や楽観で法的リスクを軽視することは経営上危険であり、「契約はうまくいって当たり前」ではなく「万一うまくいかなかった場合」をプロの視点で検証することが重要です。
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弁護士への苦手意識・心理的ハードル: 「弁護士に相談するなんて大げさではないか」「敷居が高くて話しにくい」と感じる経営者も少なくありません。特にこれまで弁護士と付き合いがない方ほどその傾向が強いようです。また、「顧問契約」という言葉自体に身構えてしまうケースもあります。しかし現在では、昔ながらの堅苦しい先生然とした弁護士ばかりでなく、スタートアップに親身に寄り添う若手弁護士や、フランクで相談しやすい弁護士も増えています。実際、「顧問契約」に抵抗を感じる経営者向けに名称を工夫し、「○○法律サポートプラン」のようにサービス内容をわかりやすく打ち出す法律事務所もあります。相談しづらいと感じる原因が弁護士側の対応にあるなら、相性の良い弁護士を探すこともできますし、一度相談してみれば「もっと早く頼めば良かった」と感じるケースも多いものです。
以上のような心理的ハードルは確かに存在しますが、いずれも適切な対応策で解消可能です。そして何より、契約トラブルによる潜在的な損失に比べれば、これらのハードルは乗り越える価値が大いにあります。
「相談しないこと」の損失:リスクとコストの比較
経営者にとって法務コストはできるだけ抑えたい出費かもしれません。しかし、契約前に弁護士へ相談しなかった場合のリスクと潜在コストを考えると、その損失は事前相談の費用を遥かに上回る可能性があります。
まず金銭的コストの比較です。契約書のリーガルチェックを弁護士に依頼する費用は、契約のボリュームにもよりますが数万円から十数万円程度が一般的です。一方、契約トラブルが発生してしまった場合、紛争対応に要するコストは桁違いです。前述のSansanの調査では1件あたり平均511万円の損失というデータがありました (Sansan、「企業の契約実態調査」を実施~ 約6割が契約違反を経験・見聞きし、損失額は平均511万円。違反の要因は「社内での情報共有不足」~ | Sansan株式会社)が、これは直接的な被害額のみならず、問題解決までの法務コストや逸失利益は含まれていません。裁判になれば弁護士費用だけで数百万円かかるケースもありますし、和解金や損害賠償金の支払いが発生すればさらに負担は増えます。わずかな事前コストを惜しんだために何十倍もの損失を被る可能性があるのです。
次に時間的コスト・機会損失の比較です。契約書を整備せずにトラブルが起きた場合、経営者や担当者はその対応に追われ、本業に充てる時間を大幅に奪われます。社内の士気低下やプロジェクトの停滞など、副次的な悪影響も免れないでしょう。一方、契約締結前に弁護士のチェックを受けておけば、仮に問題が起きても契約書に従って迅速に解決策を講じやすくなります。例えば契約書に明確な解除権や損害賠償請求の条件を定めておけば、揉めても契約書が強力な武器となりスムーズに対処できます。「転ばぬ先の杖」としての契約書が用意されていれば、対応に費やす時間や労力も最小限で済むのです。
さらに、信用失墜リスクという観点でも比較できます。契約トラブルにより取引先や顧客からの信用が低下すれば、将来的なビジネスチャンスの喪失や評判悪化という大きな損失につながります。一度失った信用を回復するには長い時間とコストがかかります。それに対し、法的に適切な契約書を締結しておくことは、相手方に対しても「きちんとルールを定めて取引したい」という誠実さのアピールになり、結果的に信用維持・向上に寄与します。万一トラブルになっても契約書があることで冷静に協議・解決でき、関係悪化を防げる可能性も高まります。
このように**「契約前に弁護士に相談しないこと」は潜在的に非常に高くつく**選択なのです。逆に言えば、事前の法務コストは将来のリスク回避への投資と考えるべきでしょう。リスク管理の観点から、契約段階での弁護士チェックは決して贅沢ではなく必要経費であり、相談しないリスクの方がはるかに高いのです。
弁護士に相談するハードルを下げる工夫
上述した心理的ハードルを乗り越え、経営者が気軽に弁護士へ相談できるようにするための工夫や制度も近年充実しつつあります。
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顧問弁護士の活用: 企業法務に明るい弁護士と顧問契約を締結しておけば、契約書チェックを含め日常的な法律相談をいつでも気軽に行えます。顧問料の相場は月額数万円程度(前述)で、これにより自社に法務部があるような安心感を得ることができます。実際、ある調査では中小企業の約3割が何らかの形で顧問弁護士を活用しているとの報告もあります (中小企業の月額顧問料は約5万円、顧問弁護士の活用は3割 – オフィスのミカタ)。顧問契約と聞くと大げさに感じるかもしれませんが、最近ではサービス内容と料金が明確なプランが数多く登場しています。例えば「松竹梅プラン」と称して月3万円・5万円・10万円で相談範囲を区切ったものや、業界特化型のプラン、月額1万円程度で簡易相談のみ受け付ける低価格プランなど様々です。自社のニーズに合った顧問契約を選べば、費用を抑えつつ必要なときにすぐ弁護士にアクセスできる体制が整います。
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初回無料相談やスポット相談の活用: 法律事務所によっては初回の法律相談を無料で提供していたり、契約書チェックのみのスポット相談を受け付けていたりします。まずは無料相談で大まかなアドバイスを受け、必要に応じて正式に契約書レビューを依頼する、といった段階的アプローチも可能です。各地の弁護士会や商工会議所、中小企業支援団体でも、中小企業・ベンチャー向けの法律相談窓口を開設しているところがあります。こうした制度を利用すれば費用リスクなく弁護士の意見を聞ける機会が得られます。経営者としては、「これは相談すべきか迷う…」という段階でも気軽に問い合わせてみることが大切です。問題が小さいうちに対処法がわかれば、かえって正式依頼の必要すらなくなる場合もあります。
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契約実務の標準化: 取引のたびにゼロから契約書を作成していては時間も手間もかかります。同じような取引を繰り返す場合は**自社用の契約書ひな型(テンプレート)**を用意し、必要最低限の重要事項を盛り込んだ定型フォーマットを使うのも有効です。ひな型を自前で整備しておけば、個々の案件では相手方から提示された契約書の要所のみを修正・確認すれば済みます。ただし自社ひな型を作成するときこそ弁護士のチェックを受けて完成度を高めるべきです。社内で契約ひな型を適切に管理できていない企業は7割近くに上るとの調査もあり (ひな型を管理しきれていない企業が約7割。「契約書ひな型管理)、ひな型も放置すると古い法制度のままだったり不備が残ったりするため、定期的な専門家チェックが必要です。
以上のような工夫により、「弁護士に相談するのはハードルが高い」という状況は着実に改善できます。要は経営者側の意識改革と環境整備次第なのです。最近では弁護士側もサービス提供の仕方を工夫し、「経営コンサル」に近いスタンスで法務サポートを行う動きもあります。経営者としては、自社に合った形で法務リスクに備える体制を整えることが肝要です。
まとめ
契約書はビジネスにおける「約束事」を明文化したものであり、企業活動になくてはならないものです。しかし、その内容次第では企業を守るどころか大きなリスクを招く可能性があります。契約締結前に弁護士に相談しリーガルチェックを受けることは、企業経営の安定と継続を図る上で欠かせないプロセスです。事前にしっかり確認しておけば紛争の芽を摘むことができ、仮に問題が起きても被害を最小限に抑えられます。忙しい経営者にとって法務対応は後回しにされがちですが、契約トラブルが起きてからでは手遅れになりかねません。
幸い、弁護士へのアクセスは以前に比べて格段に容易になっています。費用面の不安は情報収集と工夫で解消できますし、相談相手として信頼できる弁護士をパートナーに持つことは経営の大きな支えとなります。契約書チェックをはじめとする予防法務に投資することは、将来の高額な紛争コストや信用失墜リスクを避ける**「最良の保険」**と言えるでしょう。ぜひこの機会に、自社の契約実務を見直し、必要に応じて専門家の力を借りることをご検討ください。法的リスクをコントロールしながら安心して事業拡大に専念できる環境を整えることが、経営者に求められる賢明な判断なのです。